広大なマップ、無数のサブクエスト、収集要素の山——ここ数年のオープンワールドはとにかく「量」で勝負してきた。そんな時代に真っ向から逆を行く一本が、9月15日にPS5で発売されるインソムニアックの『Marvel’s Wolverine』だ。スパイダーマンで街を自由に飛び回る快感を極めたスタジオが、ウルヴァリンではあえて一本道を選んだ。この選択がなぜ刺さっているのかを見ていく。
スパイダーマンの成功をあえて捨てた
インソムニアックといえば、広いニューヨークを縦横に動き回るMarvel’s Spider-Manで名を上げたスタジオだ。当然、その資産を流用したオープンワールドを期待する声もあった。だが実際のウルヴァリンは、「これまでのコミック原作ゲームのオープンワールド的な要素を捨て、リニア(一本道)な構成にした。(PlayStation Universe/26/09/10)」。成功の型をなぞらず、キャラクターに合う設計をゼロから選び直した。この割り切りが、作品の背骨になっている。
「一本道」が新鮮に感じる時代
皮肉なことに、いまや一本道こそが目新しい。レビューはこの構成を「ぜい肉のない、引き締まった体験」と評価し、多くのプレイヤーが求めていたものだと指摘する。膨大なマップを埋める作業に疲れた層にとって、寄り道を排して物語に集中できる十数時間は、むしろ贅沢だ。ボリューム競争が行き着いた先で、価値が「どれだけ長く遊べるか」から「密度が濃いか」へ静かに反転している。何十時間もかけてマップの「?」マークを潰す遊びに、多くのプレイヤーが薄々飽きていた。積み上がった未消化のゲームを前に、時間対効果はますますシビアに見られている。そんな空気のなかで、寄り道を排して芯だけを差し出すウルヴァリンは、まさに潮目を突いた作品だと言える。
怒りを燃料にする戦闘
ウルヴァリンの主役はやはり暴力だ。三人称視点の格闘は「近年でも屈指の手応え」と評され、怒り(レイジ)を溜めて連続処刑につなげるシステムが核になっている。爪を振るうたびに激情が高まり、勢いのまま敵をなぎ倒す。原作のローガンが怒りを解き放つ感覚を、そのままプレイ体験へ翻訳した設計だ。派手な新機軸こそ少ないものの、キャラクターの本質を的確に遊びへ落とし込んでいる。ここでも「詰め込む」より「合わせる」が徹底されている。
暴力の裏にある人間ドラマ
本作はただの残虐アクションではない。記憶を失ったローガンの悲劇とPTSDを軸に据えた、キャラクター主導のドラマだ。物語は約18時間に及び、Team Xのコミックを下敷きに、怒りと脆さ、そして皮肉を行き来する演技が高く評価されている。ジーン・グレイやセイバートゥースといった因縁のキャラも登場し、単なるヒーローものに収まらない。暴れるだけでなく、なぜこの男がこれほど傷ついているのかを描く。オープンワールドなら物語のテンポは寄り道で薄まりがちだが、一本道は感情の起伏を作り手が完全に制御できる。だからこそ、ローガンの喪失と再生に無駄なく寄り添える。爪の切れ味と心の脆さを同じ密度で描けるのは、この構成を選んだからだ。
最新のゲームは、必ずしも「広い」ではない
ウルヴァリンが示したのは、進化の方向が一つではないという事実だ。技術が上がれば世界を広げられる。だが本当に面白いのは、広さそのものではなく体験の密度だった。インソムニアックはそこを見抜き、得意のオープンワールドをあえて手放した。実は最新のゲームとは、最も物量が多いものではない。プレイヤーの時間を無駄に奪わず、狙った感情へ最短で届けるものだ。ウルヴァリンの一本道は後退ではなく、ボリューム競争の先にある一つの答えである。




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