「GTO」が帰ってきた。1998年に社会現象を巻き起こしたあの学園ドラマが、28年ぶりに連続ドラマとして復活した。反町隆史が演じる鬼塚英吉は52歳。かつての熱血教師が令和の学校に降り立つという企画は、公開前から大きな話題を呼んだ。ただ、この復活劇には手放しで喜べない、いまのテレビが抱える事情も透けて見える。
28年ぶりの鬼塚、その数字
新作は7月20日、カンテレ・フジテレビ系の月曜午後10時枠でスタートした。脚本の遊川和彦をはじめ1998年版のスタッフが再集結し、当時の魂を継いだ完全新作として作られている。舞台は生徒が教師を評価する制度を導入した近未来的な私立校で、鬼塚がそこへ乗り込む。「新作連ドラの初回視聴率は世帯6.4%、個人3.8%だった」とのことだ。(MANTANWEB/26/07/20)
かつての「GTO」は全12話の平均が関東地区で28.5%、最終回は35.7%という桁違いの数字を叩き出した。それと比べれば6.4%は寂しくも映るが、テレビの見られ方そのものが変わった今、単純比較にはあまり意味がない。むしろ注目すべきは、なぜ局が28年前の資産を引っ張り出したのかだ。
親子3世代というキーワード
反町本人が語ったコメントに、この企画の狙いが凝縮されている。「この時代にもう一度、親子3世代でテレビの前に集まってほしい」というものだ。(研音/26/04/30)
配信とスマホに視聴者を奪われ続けたテレビにとって、家族が同じ画面を囲む光景は、もはや簡単には作れない。そこで頼れるのが、親世代が青春時代に熱狂したブランドだ。当時の視聴者が親になり、その子ども世代を巻き込む。ゼロから新しいヒットを生むより、実績のある看板を掲げるほうが確実に人を集められる。GTOの復活は、この計算の上に成り立っている。
テレビはリバイバルを手放せない
見渡せば、この夏のテレビとアニメはリバイバルだらけだ。国民的アニメが原作漫画の始まりへ回帰し、長期シリーズが最終章を迎え、往年の名作が続々と作り直されている。新規IPの当たり外れに賭けるより、すでにファンがついた過去作を磨き直すほうが、投資として堅い。制作費が高騰し、失敗の許されない時代だからこそ、この傾向は加速している。
それ自体は悪いことではない。名作をいまの技術と感覚で作り直す価値は確かにある。問題は、テレビが「懐かしさ」というカードに依存しすぎて、次の看板を育てられなくなっていないかという点だ。28年後にリバイバルできる新しいGTOを、今のテレビは生み出せているだろうか。
復活の裏にある焦り
GTOの帰還は、テレビがまだ大きなうねりを起こせる証明であると同時に、過去の遺産に頼らざるを得ない現状の裏返しでもある。親子3世代を集められる新作を、過去のヒットに頼らず作れるか。復活劇に沸くいまこそ、テレビはその宿題から目をそらすべきではない。鬼塚が令和の学校で暴れるほど、次の鬼塚が見当たらない現実が際立ってしまうのだから。
参照ソース(噂の出どころ)
GTO:反町隆史主演で28年ぶり“復活” 初回視聴率6.4%(MANTANWEB/26/07/20)
反町隆史 連続ドラマ『GTO』主演決定(研音/26/04/30)
反町隆史主演「GTO」28年ぶりに連ドラで復活(映画.com/26/04/30)




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